2016年2月3日水曜日

戦略と戦略眼 その4

南禅寺
前回触れたように、筆者は一時期京都にはまり、京都市街を徘徊していましたが、行き先は京都にとどまらず滋賀や奈良の方へも向かって行きました(よほど暇だったのでしょうね)。
京都市街はともかくとして近江や大和を回るとなると車が無いと極めて不便です。
筆者の性向として車の中では情景と全く異質なジャンルの音楽を聴く傾向があり、かつてカリフォルニアでは演歌を良く聞いていましたが、近江路や大和路の車中では主にロック・ミュージックを聞いておりました。
そして、暇のあまりに出かけた旅の合間に筆者が当時最もよく聞いていた曲、それがかの有名なジョン・レノンの名曲「暇人」でした。(大変失礼しました。)

背景2 通信の自由化

インターネットの隆盛を語る上で、もうひとつ重要な出来事は通信の自由化です。
日本においても1985年には旧電電公社がNTTとして民営化されました。
自由化前は、国境を越え海外とコンピュータ同士を回線経由で接続することさえ自由には行えませんでした。 
しかしながら、NTTが民営化された後もしばらくは独占・寡占状態が続くことになります。
筆者の記憶では、民営化後の日米の通信料金(電話料金)には10倍程度の開きがありました。
すなわち、日本の通信料金はアメリカのそれの10倍ぐらいの価格でした。

1980年代は日本の製造業が大躍進を遂げた時代であり、北米市場でも破竹の勢いでアメリカ勢を窮地へ追い込んでいました。
筆者が当時勤めていた外資系コンピュータ会社においても最強の競争相手は日本のコンピュータメーカーと見なされていました。
 日本以外の国のコンピュータ市場はIBMが過半を占めていることがむしろ普通で、IBMの最大のライバルは米国司法省と独禁法だとさえ言われていましたが、日本市場は過半どころか、首位からも陥落し苦戦していました。
当時、日本の製品レベルのハードウェア技術は、世界一の水準であった上に、IBMは長い間、独禁法の制約からネットワークビジネスへの進出を強く制限されていた一方、日本のコンピュータメーカーの多くのは元々通信機器ベンダーであったところが多く、IBMにとってネットワーク分野への進出が遅れた問題は極めて深刻でした。
インターネット勃興前の時代ですが、通信とコンピュータの統合、すなわちデータ通信分野は既に強い成長分野だと見なされていました。
NTTが民営化されしばらくするとIBMは独禁法の呪縛から解放されましたが(同時にAT&Tもコンピュータ分野への進出が可能になりました)、その時はすでに多くの企業が自営ネットワーク網を構築し終えた後で、もう美味しいところはほとんど残っておらずIBMはここでも苦戦することになります。
当時の国内外のネットワークを流れるデータ通信と音声通信の比率は5対95ぐらいで、電話のトラフィックがデータのトラフィックを圧倒しており、音声系を制するものがネットワークを制する状態で、データ通信技術中心の企業には極めて不利でした。
NTTとNTTファミリー企業のガッチリ組んだスクラムは、当時は非常にうまく機能していたように思われます。(後年、いわゆるガラパゴス現象(キャリアと通信機器メーカーの共同での独自仕様の市場囲い込み)を生む遠因になったのかどうかは知りませんが・・・)
 揺籃期にあった日本の通信機器メーカーに日本市場をゆりかごとして提供し、同時に日本市場を外資の魔の手から守るという一石二鳥の効果が得られました。
これは、その悪魔の手先だった筆者が言うのだから間違いありません(笑)。
ただ難点は 市場の独占に起因する高額な通信料金ですが、当時の日本は個人も企業も大金持ちでしたから、問題なしでしょう。

また、音声系とデータ系の技術文化は日本のみならず世界的に異なっていました。
一例を揚げてみましょう。
筆者は後年、局用のフレームリレー交換機のメーカーに勤務したことがありますが、そもそも局用交換機は基本的に完全二重化されていなければならず、電源部を含め全ての部品がホット・スワッパブル(交換機を稼働させたままの状態で、全部品が交換修理可能)でなければなりません。
また耐震基準も厳しく、一クラス上の性能が求められます。振動に弱い磁気ディスク装置なんて言うのは論外で、強い軽蔑の対象であり常に憎悪と蔑みの視線に晒されていました。(こういうコンピュータ・システムもありますが大型機では皆無です。)
 コンピュータ屋から見ると、完全二重化とはいえ本番機とバックアップ機が2台一緒に同じ場所にいること自体、妖しい危険な香りを感じます。
「東京のサーバーが落ちたら大阪のサーバーに切り替えればいいじゃん、最高ジャ〜ン♫」という相州相模弁のノリが、コンピュータ屋のそれです。
システムの複雑度からいうと、コンピュータはネットワークより複雑度が数段高く、地震どころか微風すら吹かない久かたの光のどけき春の日にも静心なく良く落ちがちで、地震以上のトラブル要因が山のようにあり、サービスの中断よりもサービス機能の喪失を恐れる傾向があります。
一方ライフラインとしての電話回線は、最後の住民が倒れるのを見届けてから死ぬというのが最高の死に様、美学、理想像とするもので、言わば演歌ドブ板派の世界です。
「磁気ディスクの使え無いシステムなんてロックじゃねえじゃん、最低ジャ〜ン  ウワァァ━━━━━。゚(゚´Д`゚)゚。━━━━━ン!!!!  ( ;∀;)  」という相模弁のノリと演歌ドブ板派の相性は最悪でした。

続く

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