2013年9月14日土曜日

OCEB講座 第30回 日本型組織と海洋汚染問題 その1

今から30年ほど前、筆者が大学生だった頃ですが、精神科医の故土居健朗先生が著された「甘えの構造」と言う書物が学生たちの間でベストセラーになったことがあります。
当時、筆者が通っていた大学の生協でも長い間 ーたぶん1年間以上ー この書籍が売上げトップの地位をキープしていました(当時、大学生協の店舗には書店ごとの書籍の売上げランキングが毎週貼り出されていました)。

「甘え」という日本では極めて一般的な単語が、西洋語では日常語としては存在せず意識の表層には現れて来ない概念である、という指摘が、当時の学生には大きな驚きでした。
日本人は、通常「甘え」という感情には極めて敏感であり容易に気づく事ができ、また日本人社会はその「甘え」を受入れ人間関係の構築の上でもよく利用しています。
しかしながら、「甘え」と言う言葉が西洋の日常語に存在しないからと言って、その感情が全くないわけではなく、幼児期などには当然あるわけですが、成長するにつれ他者依存を捨て自己自立を促すように躾けられ教育されて「甘え」の感情が抑圧された結果、意識の表層から消えてしまうようです(詳しくは、土居先生の著作を参照)。
従って、日本人の甘えの関係(甘え合う相互依存の関係)は、往々にして西洋人の目には非常に子供っぽく映るようです。
また、同じ日本人であっても、「甘え」の受入れ度合いは、かなり異なるようになって来ました。とくに、世代差が大きいように思えます。
これは、戦後、海外の映画やテレビドラマ、ポピュラー小説などがどんどんと国内に流入し、また、西洋人と日常的に交際する必要がある日本人達が増えて来ているためで、西洋人の自己の自立を良しとする文化の影響を多かれ少なかれ被って来ています。
筆者が新入社員だった頃を思い返すと、社内で、いい歳をしたオジサンやジイサン達(新入社員から見ると、五十代以上はジイサンに見えました)が 甘え合っている姿を見て気色悪いなと思っていましたが、今や、我々の世代が、若い人から見ると、そう言う風に映るようです。
筆者は職業柄、若い人とコミュニケーションをとる場面が多いのですが、若い世代は我々の世代以上に自立した人間関係のほうがクーゥ(Cool:カッコいい)と感じているようです。
 しかしながら、若者や筆者を含め多くの日本人は「甘え」の関係の美点、良さも認めています。
「甘え」の関係は、日本社会の美質の1つと言っていいでしょう。

海洋汚染問題について

ところが、この「甘え」の関係も、美点ばかりではありません。
 筆者は1年ほど前に原発事故の話を連続してこのブログで取り上げた事がありますが、最近しないのは、興味がなくなったわけではなく、報道されている情報がどの程度真実を伝えているのかおおいに疑問であり(この疑心暗鬼は、国内だけではなく海外を含む多くの人々に共通するものであり、いわゆる風評被害の根本原因の1つだと思います(悪い風評は海外にも広く伝わっています))、筆者のような一般人が想像力を逞しくして語るべき話題ではないと判断したからです。

 しかしながら、先日、汚染水が海洋に流出していると言うニュースが世界中を駆け巡りました。
 技術的問題とは別に、日本人には原発問題の管理責任能力があるのか? 事実をもとに科学的にマネジメントを行なう能力があるのか?と言う強い疑いの声さえ耳にするようになって来ました。

従って、今回は日本型組織の管理責任能力について述べて行きたいと思います。

次回に続く




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