2012年7月5日木曜日

原発事故に対するシステム工学の視点 9

京都風の庭
筆者の友人のM君は、鎌倉生まれ、鎌倉育ちの人です。
先祖も鎌倉に古くから住んでいたそうで、彼の母方の家の方は有名な鎌倉権五郎景政の一族のようです。
そのM君に、「鎌倉にも京風の庭を持つ寺がありますよ」と聞いて訪れたのが左の写真の長寿寺です。
なんでも、「足利尊氏さんの屋敷跡」だそうです。


前回、日本のアプローチが分析的、分解的だと書きました。
これは、日米のシステム設計のやりかたを見れば、違いは一目瞭然です。
ATM(自動預金支払機)の例で見てみたいと思います。
今は少し変わりましたが、アメリカの空港や銀行では、故障中と表示されたATMがかなり多く並んでる時がありました。
そして、故障したATMは、修理もせず何日も放置されています。
知人の日本人技術者は、その光景を見て、「アメリカのATMの開発者たちは、こんな光景を恥ずかしいと感じないんだろうか?」と首をひねっていましたが、当のアメリカ人たちは、使えるATMがあるうちは気にしていないようです。
アメリカのアプローチは、ATMユーザーの使用頻度、ATMの故障発生率、修理に廻る技術者の可用性やコストなどを勘案して、必要なATMの台数を計算し、各拠点に配備するやり方です。
一方日本は、高品質高性能なATMを少数配備するやり方です。
筆者も時々経験する事ですが、日本ではかなり昔から、時々、銀行のATMを待つ人の列が延々続く事があり、待ちきれずに引き落としを断念する事もあります。
アメリカ人から見れば、「こんな低品質なサービスを放置し続けて、銀行の経営者たちは恥ずかしいと思わないんだろうか?」となるかも知れません。

これは、国民性の違いや制度上の問題もあって、一概にどちらが良いとは簡単には言えない問題ですが、アプローチの違いは明解です。

また製品開発においても同様で、品質の問題を分解的に解決しようとする傾向が強く、その結果、日本製の部品は、ソフトウェアを除けば世界で最も優れた品質にある事は間違いないでしょう。(ソフトウェアの品質は、その定義をどこまで拡げるかによって変わってきますので、一概には言えません。)

これは、組織のマネジメントにも同様な傾向が見られます。

筆者は昔、20代の頃アメリカのIBMの研究所に勤務していた時期がありますが、その時の同僚にDさんと言う人がおりました。
同僚と言ってもDさんは当時60歳前後で、筆者とは親子以上に年齢が離れておりましたが、非常に親切な方で色々と大変お世話になりました。
そのDさんは、会社でもかなりの変わり者に分類されていました。
まず、大変な大金持ちで、会社をいくつも持ち、広大な敷地の大学も所有しながら、IBMでずっとSE(システムズ・エンジニア)をやっていました。
SEとしてもかなり優秀な方で(社内での格付けも最高になってたと思います)、多くの社内論文を書き、若い技術者からも尊敬の目で見られ人望も高い方でしたが、会社からのライン・マネージャー(管理職)にならないか?と言う打診に対しては常に断り続けて来ました。

ここで社内論文と書きましたが、一般にシステムズ・エンジニアリング(システム工学)関係の論文は、機密区分が高く、社外秘になる場合がよくあります。
こういった扱いは、別にIBMに限った事ではなく、システムズ・エンジニアリング関係の会社にはよく見られるパターンですが、IBMの場合はそう言った機密区分の高い論文や報告書を集めた専門の社内論文誌や社内書籍も発行されていました。

彼は、大金持ちでしたが、別に親の遺産があったわけではなく、若い頃はかなり貧しい暮らしをしていたそうです。
小さな頃からアルバイトをして生計を助け、高校時代はバーテンダーの仕事で学費を稼いでいたそうです。
一度彼の豪邸でカクテルをご馳走になった事があり、シェイカーさばきもなかなか美事なものでしたが、ご本人は、しかしながらアルコールをほとんど口にしなかった事が印象に残っています(敬虔なクリスチャンでした)。
Dさんは通常よりも長く兵役に就き、そして除隊後に軍から得た奨学金で大学を卒業しました。

そんな彼に、20代の筆者は、なぜラインマネージャーにならなかったのか訊いてみた事があります。
彼は、「自分にはマネジメントの能力がない」と答えました。
「では、なぜ、マネジメント能力がないのに、会社や大学の経営が出来るのか?」とさらに訊いてみると、彼は「自分は経営にほとんど関わっていない。自分に何か少しでも才能があるとすると、それはマネジメントの才能を発見する事かも知れない。」と静かに答えました。

彼は、良いマネジメントについてこう解説して(聡して)くれました。
100人の人間を集めて100人分の仕事をさせるのは凡庸なマネジメントであり、単なる搾取者である。
100人の人間を集めて150人分、200人分、場合によっては500人分の価値を生み出すのが真のマネジメントであり、逆に80人分のアウトプットしか出せないのは無能なマネジメントである、と。

低品質なATM機を使いながらハイ・アベラビリティ・サービスを提供したり、平均故障間隔の短い構成要素を使いながら、巧みな組み合わせや定期的な部品の交換、保守作業、事後対策などを工夫する事により、高い安全性を達成するのがシステムズ・エンジニアリングの醍醐味と言えます。

さて、優秀な人材を抱え、優れた技術、潤沢な資産を持ちながら80パーセントの結果しか出せない経営者は、まだご愛嬌の部類です。
自覚と才能があれば、今後の発展の可能性があります。

最悪なマネジメントは、全体感や統合感のないタイプで、IT分野でもたまにいますが、安全や品質のための多重化や多段化の冗長性が無駄の宝庫に映り、コスト削減の格好の狩猟場にしてしまい、己のわずかな手柄のために、安全性や品質を劇的に劣化させてしまう範疇です。
管見では、このタイプは類は友を呼びやすく、集団でかかってきますのでタチが悪いことこの上なしです。



Dさんに、当時のIBMの経営陣はどう思うか訊いた事があります。
彼の反応は先見性に富み大変興味深いものでしたが、今となっては言わぬが花でしょう。

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